成城彩論
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現代社会の変化と法律学のチャレンジ

町村 泰貴 教授
法学部 法律学科
専門分野:民事法学

医学の進歩と家族概念の変容

 ここまではデジタル社会における法のあり方を見てきましたが、ここからは医学の進歩の影響を考えていきます。夫婦とか、親子とか、人間の基本的関係は人類の歴史とともに不変のものというイメージがあります。しかし近年の医学や生物学の進歩と、私たちの意識の変化によって、家族の法制度にも大変動をもたらしつつあるのです。

 例えば、親子関係というのは、養子を別とすれば、伝統的に血のつながりを意味していました。血のつながった親子とか、血は争えないとか、実の親子というのは血縁関係で結ばれたものと考えられてきました。

 ところが、生殖補助医療により人工授精が可能になると、他人の依頼に基づき、他人間の受精卵を着床させて出産するという代理母という現象が現れました。この場合、血縁関係では卵子提供者と精子提供者とが実の両親ということになりますが、お腹を痛めた子という考え方でいえば、出産した代理母こそが実の母親ということになります。そして日本の裁判所は、母子関係は分娩によって生じるという判例を、代理母の事例にも当てはめて、お腹を痛めた母こそが実の母としてしまいました。

 それとは別に、医学の進歩は血縁のある親子関係の判定もより正確にできるようになっています。昔は、血液型が矛盾しないことという大雑把な判定で、それで判断がつかないときは顔つきが似ているとか、愛情を示したとか、そういった要素から親子関係が認められるとか認められないとか判断していました。しかし今は、DNA鑑定によりほぼ血縁関係の有無はわかります。

 こうなると、一方ではDNA鑑定によって正確な血縁関係が判定できるのに、他方では血縁関係のない親子関係を法的に、実親子関係として認めるという事態になってきます。

 代理母の事例では、出産を依頼した夫婦が、その生まれた子供を実の子と認めてもらえるかどうかという問題が日本でも裁判となりました。外国では、依頼者と代理母とが子供を取り合うケースもありました。さらには、依頼者と代理母のどちらも、生まれた子供をいらないという酷いケースも想像できます。こうした争いは昔からあって、子供の取り合いケースは紀元前のソロモン王の逸話にも出てきますし、江戸時代の大岡越前守の逸話にもあります。子供の押し付け合いの争いは、悲惨すぎてあまり物語になりにくいですが、生まれてきた子供が予想に反して障害を持っていた場合などが想像されます。

 このような危険があるので、代理母を禁止するという国もあります。フランスは法律で禁止していますし、日本も、立法はできていませんが、産婦人科学会が禁止しています。しかし、単に禁止すればそれで問題が解決するわけではありません。法律が禁止しても、技術的に可能なことだから、やる人はいるでしょう。それが人助けになるというのであれば、なおのことです。そして国内で禁止しても海外で認められていることを止めることはできません。そうすると、代理母を通じて出産した子供を誰の子として認めるかは、代理母契約を禁止してもなお決めなければならないこととして残ります。さしあたり、誰の子として出生届を受け付けるのか、仮に代理母を通じて生まれた子を依頼者夫婦の実子として出生届が出されたら、それを認めるのか、認めないとすればどう対処するのか、出生届だけをとっても色々な問題があります。このほか、親子関係との関係で生じる様々な法的問題、例えば親子間では結婚はできないとか、扶養義務があるとか、相続関係とか、その子を誰の子とするかということから、多くの法的問題が影響されるのです。

生殖補助医療の光と影

 代理母のケースとも関連しますが、第三者提供の卵子・精子による出産が可能となると、生まれてきた子供とその卵子・精子の提供者とのつながりをどうするのかが問題となります。生殖補助医療自体は、子を持ちたいという人間の本能的な願いをかなえる方向の、いわば福音ということもできますが、神の領域に手を突っ込むことでもあり、そうなると人間の法律では手に負えない事態が出現することになります。

 ある夫婦が第三者提供精子によって、妻の出産により子供をもうけたというケースを考えてみましょう。その場合に精子提供者は、その子供の存在を知る権利があるでしょうか? またその子供に会う権利はあるでしょうか? さらには、親としての法的地位を主張できるでしょうか?

 逆に、その子供が、自分の血縁上の親として精子提供者に会いたいといい出したら、どうでしょう? 精子提供者は会う義務があるでしょうか? またその子を親として育てている夫婦は、精子提供者と会いたいと子供が言い出したときに、それを拒めるでしょうか? 会うだけでなく、法的な権利義務関係を主張しだしたら、それはどう扱うのが良いのでしょうか?

 今の日本法では、婚姻届を出した夫婦間に生まれた子は、その夫婦の子と推定されます。この推定は、出生後一年以内に父親の方から嫡出否認の訴えを提起して裁判で否定されない限り、覆すことができなくなります。従って第三者提供精子を用いたとしても、法律上の夫婦の間で妻が出産した子供は、法的には、その夫婦の実の子となり、精子提供者とその子供との関係は認められません。従って上記の「権利」はいずれもNOです。

 しかし、特に子供の方は、自分の出自を知る権利を認めなくてよいのでしょうか? 自分の出自というのは、法的な親子関係とは一応別ですし、誰でも自分のほんとうの親を知る権利があると言われれば、反対はしにくいです。児童の権利条約でも、児童は自分の父母を知る権利があると規定しています。そして血縁関係のある親の存在を知ってしまったら、それに続く法的関係性を否定できるかどうか、法的な問題としても疑問が残ります。福山雅治主演の映画「そして父になる」で描かれた両方の両親と、そして子供たちの葛藤が、まさに法的な世界に問いとなって突きつけられるわけです。

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