芸術学科
2024年度
卒 論 題 目 | ゼミナール |
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物語作品における悪女のレシピ | 美学 |
なよやかの美:黒乃奈々絵『PEACE MAKER』シリーズが提唱する新・沖田総司像 | 美学 |
シャッター商店街から味わう懐かしさ—かつてここに在った馴染み | 美学 |
ガチャガチャは現代アートである—体験装置・鑑賞フィギュア | 美学 |
欠損の美—ニケ像における見える「空所」— | 美学 |
ブロマンスはBLではない—同性愛嫌悪の希薄化がもたらした男同士のBFF— | 美学 |
見事なまでに冷酷無残——バトル漫画における悪役の所業 | 美学 |
#現代短歌のニューウェイヴ | 美学 |
「おばか」な立浪ドラゴンズに夢中—魅力と化す弱さ | 美学 |
作り上げる応援:野球の応援歌と音楽ライブのコールの比較 | 美学 |
視覚障害者と美—想像して理解する— | 美学 |
日本の女性アイドルにおけるライブパフォーマンスの魅力—振り付けに着目して考える— | 音楽学 |
〈葛飾ラプソディー〉はなぜ懐かしいのか?──ラプソディーの特徴と若者のノスタルジーから考える── | 音楽学 |
「サブスクリプション型ストリーミングサービスの普及による音楽聴取の変化—CD時代との比較—」 | 音楽学 |
デジタルゲーム《Detroit: Become Human》におけるオーディオとインタラクティブ性に関する考察 | 音楽学 |
ゲームにおいて求められる音楽の役割 -『Splatoon』シリーズと『VALORANT』のゲーム性に着目して- | 音楽学 |
人の記憶を呼び覚ます音楽について | 音楽学 |
映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』における音楽の役割 —物語展開との関係とモティーフ音楽に注目して— |
音楽学 |
ピーター・ライト版『ジゼル』における物語表現の考察 —振付、音楽に着目して— | 音楽学 |
令和時代におけるオルタナティブロックの多様性 | 音楽学 |
映画『サウンドオブミュージック』における音楽の役割について | 音楽学 |
新体操の表現力と音楽の関係性について | 音楽学 |
アニメソングにおける菅野よう子の新規性 | 音楽学 |
『春の祭典』にみるピナ・バウシュのタンツテアター-ニジンスキー版及び、ベジャール版との比較を通じて- | 演劇学 |
中村屋3代の芸(17代目以降) | 演劇学 |
『グランギニョル』からみるTRUMPシリーズ —演劇作品における作品性と商業性の両立— | 演劇学 |
野田秀樹『兎、波を走る』における混乱とその意義について | 演劇学 |
ミュージカル『ライオンキング』における演出戦略 — 人形と文化のドラマトゥルギー — | 演劇学 |
立川談志の「業の肯定」の考察 — 笑いに含まれる救済の側面 — | 演劇学 |
異性装が映し出す2つの自分 — 『キンキー・ブーツ』を中心に — | 演劇学 |
舞台『千と千尋の神隠し』の魅力について — アニメ版との比較において — | 演劇学 |
宝塚版エリザベートにおける「トート」の表象 — ウィーン版との比較を通じて — | 演劇学 |
ホストクラブの演劇性 | 演劇学 |
アイドルの本質とは何か — 楽曲とパフォーマンス — | 演劇学 |
『式日』におけるエロスとタナトス | 映画学 |
クエンティン・タランティーノ『パルプ・フィクション』に潜む技巧 | 映画学 |
今井正監督のリアリズム表現と鑑賞者に没入感を与えるエンターテインメント性の調和 | 映画学 |
『RRR』の最終戦争における戦いの多重構造 | 映画学 |
『ゴジラS.P〈シンギュラポイント〉』における「怪獣」が表象するものの考察 | 映画学 |
日本のアニメ文化はサブカルチャーか | 映画学 |
ディズニー映画のジェンダー表現 | 映画学 |
「追いかける私」を好きであり続ける鍵 | 映画学 |
歌川国芳《荷宝蔵壁のむだ書》について | 日本美術史 |
歌川国芳《道外化けもの夕涼み》について—図様比較を中心に— | 日本美術史 |
松花堂昭乗筆《三十六歌仙書画帖》(泉屋博古館蔵)についてー「伊勢」の比較を中心にー | 日本美術史 |
『暁斎百鬼画談』にみる河鍋暁斎の妖怪表現について | 日本美術史 |
司馬江漢の絵画における洋風表現の模倣のあり方ーヤン・ラウケン父子『人間の職業』との比較を通して一 | 日本美術史 |
土屋光逸《牛込神楽坂》について—神楽坂という主題を中心に— | 日本美術史 |
日本における書の鑑賞のはじまり | 日本美術史 |
賀茂競馬図について—その表現の比較を中心に— | 日本美術史 |
甲斐庄楠音筆《横櫛》について | 日本美術史 |
《彦根屏風》について | 日本美術史 |
バーミヤーン大仏遺跡の各石窟の壁画および文様・建築構造に関する歴史的背景の考察 | 東洋美術史 |
六波羅蜜寺・空也上人立像について | 東洋美術史 |
ロートレックの色彩構成について | 西洋美術史 |
「パウル・クレーの色彩効果 ー 時間と運動表現について ー」 | 西洋美術史 |
ジョルジョ・デ・キリコの形而上絵画による精神の絵画化 | 西洋美術史 |
コンスタブルの風景画におけるモチーフの変化 | 西洋美術史 |
モネとルノワール —初期作品における興味と表現— | 西洋美術史 |
ザネレ・ムホリの写真 ー ビジュアル・アクティビストとしての表現について | 西洋美術史 |
パレオアートの虚構性 | 西洋美術史 |
「ジョン・エヴァレット・ミレイの描くファンシー・ピクチャー」 | 西洋美術史 |
オディロン・ルドン作品における視線の方向—石版画および木炭画を中心に | 西洋美術史 |
オディロン・ルドン《キュクロープス》の特異性 ─ 場面選択とその表現 | 西洋美術史 |
ベラスケスの宮廷画にみる「慰めの人々」の表象 | 西洋美術史 |
ギュスターヴ・モロー作《ユピテルとエウロペ》の研究 | 西洋美術史 |
カラヴァッジョの風俗画に関する研究 | 西洋美術史 |
ペーテル・パウル・ルーベンス《戦争の惨禍》における「愛」の表象 | 西洋美術史 |
アーニョロ・ブロンズィーノ −《愛のアレゴリー》の図像解釈について− | 西洋美術史 |
カラヴァッジョ作2つの《リュート奏者》について | 西洋美術史 |
ラファエロの《教皇ユリウス二世の肖像》研究 | 西洋美術史 |
2023年度
卒 論 題 目 | ゼミナール |
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雰囲気と広告 -ミュシャ作品のもたらす意識の操作- | 美学 |
アーティスティックスポーツという全人活動 —採点による芸術との融合— | 美学 |
アイドルを信仰する —推し事が映し出す私— | 美学 |
曖昧は魅力:「アンビバレント」で括れない新海作品 | 美学 |
アラサーの「かっこいい」 —なりたい女性の理想最大値— | 美学 |
男性アイドルと女性アイドルの「賞味期限」 —グループにおける「個」の差— | 美学 |
サードプレイスとしてのカフェ —Z 世代が求めるチルいカフェとは— | 美学 |
ダイヤモンド —矛盾で輝く美— | 美学 |
リプライズから見る『ニーア』シリーズにおけるBGMの効果 | 音楽学 |
ライブが生み出す音楽の可能性 ——日本のロックバンドを事例に—— | 音楽学 |
『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』における既存の音楽 —引用方法と生み出された効果に着目して— | 音楽学 |
楽器演奏との比較から考えるリズムゲームの音楽的意義 | 音楽学 |
ブラームス作曲 交響曲第2番 ニ長調 作品73における「主題プロセス」—基本動機を中心として— | 音楽学 |
サンプリングから生まれるオリジナリティについて | 音楽学 |
バレエにおけるマズルカの民族的特徴について —《白鳥の湖》の複数の版を参考に— | 音楽学 |
日本におけるフラダンスの受容 | 音楽学 |
マーチングバンドにおける音楽的効果と視覚効果の相互関係 | 音楽学 |
『ドラゴンクエスXI S』楽曲における物語表現とメディア的特性の検討 ——シリーズの垣根を越えたライトモティーフに着目して—— |
音楽学 |
J-POPとオルタナティブロックの関係性について | 音楽学 |
音楽の役割 -ろう者、学校教育、ミュージッキングからの考察- | 音楽学 |
ミュージカルにおける黒人差別克服への演出的取り組み —転換点としてのミュージカル『ライオンキング』を中心に— | 演劇学 |
岡田利規『三月の5日間』における言葉と身体の関係 | 演劇学 |
『ハムレット』のメタシアター性と自意識 —なぜ狂人を“演じる”のか?— | 演劇学 |
野田秀樹作品における「フェイク」と「マコト」 —『フェイクスピア』を中心に— | 演劇学 |
映画『老人 Z』における敵 | 映画学 |
『シェルブールの雨傘』は台詞が全て歌われるミュージカル映画にも関わらず、なぜ自然さを失わないのか | 映画学 |
エドワードの身なりに見る下界との関係 ——ティム・バートン『シザーハンズ』より下界での経験と愛による成長 | 映画学 |
映画『スタンド・バイ・ミー』における子供の人間関係と成長 | 映画学 |
『映画ドラえもん のび太の恐竜2006』におけるスネ夫の存在意義 | 映画学 |
『Cruella』における対立構造の演出 -エステラ/クルエラの隠れた要素- | 映画学 |
『ダークナイト』における正義と悪 | 映画学 |
『Not Me Series』から見るタイ社会とジェンダー表現 | 映画学 |
『レ・ミゼラブル』における絶望と幸福 | 映画学 |
映画『おかあさんといっしょ』シリーズが初めての「実写」映画体験として果たす役割 | 映画学 |
龍の変身 -絵巻物にみるその表現- | 日本美術史 |
今村紫紅が目指した近代日本画の色彩表現について —装飾と写実の均衡— | 日本美術史 |
円山応挙の狗子図について —表現の確立とその特質— | 日本美術史 |
「新版画の風景表現について—日本画と洋画双方からの影響関係をめぐって」 | 日本美術史 |
速水御舟 花鳥画における画風変遷 | 日本美術史 |
牧谿の猿猴図と日本 —その受容と展開について— | 日本美術史 |
六波羅蜜寺・空也上人立像の図像形成をめぐって | 東洋美術史 |
辟邪絵について | 東洋美術史 |
六波羅蜜寺・空也上人立像について | 東洋美術史 |
東大寺南大門金剛力士立像における写実性について | 東洋美術史 |
ダヴィッド作品に見る尊い死の表現 | 西洋美術史 |
ミハイル・ヴルーベリとグスタフ・クリムトの絵画におけるモザイク的表現 | 西洋美術史 |
アール・デコ建築における装飾の問題 —フランク・ロイド・ライトの「プリミティヴ」なものへの指向からの考察— | 西洋美術史 |
『フローラの神殿』の「華麗」さについて | 西洋美術史 |
美術館のデジタル化 ——鑑賞者へもたらす可能性と課題—— | 西洋美術史 |
「ロレンツォ・ロット《受胎告知》(レカナーティ市立美術館所蔵)におけるマリアの感情表現をめぐって」 | 西洋美術史 |
ティツィアーノの《人生の三つの時期》の主題に関する考察 ——恋愛表現と寓意性の観点から—— | 西洋美術史 |
レオナルド・ダ・ヴィンチ《受胎告知》における庭園表現の独自性 | 西洋美術史 |
アルブレヒト・デューラー《書斎の聖ヒエロニムス》(1514年)における動物の表現について | 西洋美術史 |
フラゴナール《かんぬき》と18 世紀後期フランスの恋愛表現 —新古典主義と黄金期オランダ絵画の伝統— | 西洋美術史 |
ヨハネス・フェルメール《天秤を持つ女》におけるヴァニタスと真実の寓意 | 西洋美術史 |
サルヴァトール・ローザの《瞑想するデモクリトス》における「ローマの画家」としての自己イメージの表現について | 西洋美術史 |