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ことばの多様性を考える:社会言語学の視点から

水澤 祐美子 准教授
文芸学部 英文学科
専門分野:社会言語学・英語教育

英語の多様性

 世界で一番多くの人に話されている言語は、どの言語でしょう。多くの人は、英語を思い浮かべるのではないでしょうか。この答えは、正解でもあるし、不正解でもあります。こうした歯切れの悪い答えになった理由には、あるカラクリが隠されています。世界中で母語話者2が一番多い言語は、中国語です。その次にヒンズー語、スペイン語と続き、英語は4位になります。中国語の母語話者数は約12億人であるのに対し、英語の母語話者数は約4億人にすぎず、中国語の母語話者数の3分の1程度となります。この点では、先ほどの質問「世界で一番多くの人に話されている言語」に対する「英語」という答えは不正解になります。言語学者Braj Kachruは、英語の話者を3種類に分類し、異なる大きさの同心円を使って説明しました。イギリスやアメリカなど英語を母語とする国を一番小さい円で、シンガポールやインドなど英語を第二言語3とする国を真ん中の円で、日本のように英語を外国語とする国を外側の円でそれぞれ描写しました。円の大きさは、それぞれの話者数に対応します。英語を第二言語として話す人びとの数と、英語を外国語として話す人びとの数を先ほどの英語の母語話者数に足すと、その数は圧倒的に中国語を話す人の数よりも多くなります。ある研究では、英語を第二言語とする話者の数は10億人にのぼると言われています。そこに、英語をある程度「使う」ことができる人の数を加えると約18億人になるそうです。英語の母語話者数の約4億人に、これらの人数を合わせると、世界人口の約4分の1が英語を使うことができる計算になります。

 さらに、2017年度の調査によると、インターネット上で使用されている言語は、英語が全体の25.3%を占めています。一方、日本語はというと、全体の3%にすぎません。言い換えれば、インターネット上に日本語で情報を発信すると、インターネット人口の3%にあたる人にしか閲覧してもらえませんが、英語で情報を発信するとインターネット人口の4分の1にあたる人に閲覧してもらえる可能性が出てきます。このように、英語は世界の共通語となり、世界中で大勢の人びとが英語を使いコミュニケーションを行っています。異なる言語を使う人たちの間で、コミュニケーションの手段として使われる共通言語を「リンガフランカ」と呼びます。「英語はリンガフランカである」ということに異存を唱える人はいないでしょう。

 世界中で大勢の人びとが英語を使うようになり、最近ではWorld Englishesということばが出現しました。世界中で多様な英語が話されていることから、その多様性を反映し、Englishが複数形で使用されています。先述のように、シンガポールやインドでは英語が公用語と定められ、第二言語として習得されています。シンガポールでは、多くの国民がSinglishと呼ばれる独自の発音や文法体系をもつ英語を話します。SinglishはSingaporean Englishに由来する造語です。Singlishの文法例として、三単現のsの脱落が起こること、中国語に由来するlahやmehを語尾につけ、付加疑問文の役割を果たすことが挙げられます。音声面ではthの発音がtとなることから、threeとtreeが同じ発音になる特徴があります。また、インドで話されている英語はインド英語と呼ばれ、とくにヒンディ語(Hindi)の母語話者が話す英語はHinglishと呼ばれています。Hinglishは、HindiとEnglishを掛け合わせた造語で、Singlishと同様に、独自の発音や文法体系をもつ英語が使用されています。Hinglishに特徴的な発音の例としては、rをルのように発音することが挙げられます。したがって、waterはウォータルのように聞こえます。さらに訛りが強くなると、wがヴォのように発音され、ヴォータルのように聞こえます。文法面では、進行形を多用したり、付加疑問文は主語や動詞に呼応することなくisn’t itを付けます。このように英語といっても、日本人が学校で習ってきた英語とは異なり、世界各地でさまざまな英語が話されています。

 英語母語話者が使用する英語にも多くのヴァリエーションがあります。イギリス英語とアメリカ英語で発音やスペリングが異なることは、ご存知でしょう。たとえば、イギリス英語のrealiseは、アメリカ英語でrealizeとなりスペリングが異なります。アメリカで独自の辞書を作成する際に、アメリカ英語では、極力発音に近いスペリングを採用しようという試みがありました。イギリス英語とアメリカ英語の違いが生じた理由の1つです。スペリングだけでなく、単語そのものが異なる場合もあります。日本語のガソリンはアメリカ英語のgasolineが輸入されたものですが、イギリス英語ではpetrolと言います。ガソリンスタンドは和製英語なので海外では通じません。それに相当する英語の表現は、アメリカ英語では、gas(oline) station、イギリス英語ではpetrol stationとなります。

 TOEICではイギリス英語やアメリカ英語に加えて、オーストラリア英語とカナダ英語が採用されています。オーストラリアとカナダは「イギリス連邦」の加盟国で、君主はイギリス国王のエリザベス2世です。オーストラリア英語には、旧宗主国であるイギリスの英語の影響が色濃く残っています。一方、カナダ英語は、地理的に隣接するアメリカの英語と旧宗主国であるイギリスの英語のハイブリッドになっています。このように英語を母語とする国々の間でも英語のヴァリエーションが存在します。さらに、ひとつの国内にも地域、階級などによってもヴァリエーションが存在するので、一概に英語と言っても、教科書で習うような英語が使用されているとは限りません。

 ひとつの国における英語の多様性に目を向けましょう。イギリスは、階級社会であると言われています。ある言語学者が階級と言語使用の相関関係を調査したところ、階級によって使用することばに違いがあることが明らかになりました。階級が上がるほど、一般的に正しいと見做される英語を話す人の割合が高まるのに対し、階級が下がるほど一般的に間違いと言われている英語を話す人の割合が高まると言われています。たとえば、階級が下がると、Singlishと同様に三単現のsが脱落する割合が高まることがわかりました。この傾向は、階級差だけではなく、人種や民族の差にも表れることがあります。先述のアフリカ系アメリカ人が話す英語(African-American Vernacular English)でもsの脱落が見られると言われています。

 文法に限らず、語彙も階級により異なります。数ある違いのなかから1例を挙げれば、食事のときに口を拭く紙ナプキンの呼び方があります。イギリスでは、階級の違いによってservietteとnapkinに分かれます。労働者階級の人びとはservietteを使用し、中上流階級の人びとはnapkinを使用する傾向にあると言われています。このように階級によって異なることば遣いを「社会方言」と呼びます。私が留学していたオーストラリアでは、servietteをよく耳にしました。これは、イギリスの労働者階級がオーストラリアに移民したというオーストラリアの歴史的背景が影響したのでしょう。

 アメリカに話を転じましょう。アメリカは日本の約25倍もの国土を領有しています。国内は4つのタイムゾーンに分かれており、時差が生じます。これだけ広い国土を持つアメリカですが、イギリスに比べると地域方言が少ないと言われています。それでも、アメリカの地域方言について、炭酸飲料を題材にした興味深い調査があります。アメリカ英語では、炭酸飲料には大まかに3種類の呼び名が存在し、地域によって異なるという結果がわかりました。その3種類は、soda, pop, cokeです。Cokeと聞くと、赤い缶に白でCoca-Colaと書かれた炭酸飲料を思い浮かべると思いますが、アメリカの南部では、炭酸飲料全般がcokeと呼ばれています。一方、中西部ではpop、南部でもフロリダの一部とニューヨークのある北東部、カリフォルニア州が位置する西部ではsodaと呼ばれています。カナダ英語ではpopと呼ぶことが一般的ですが、フランス語の母語話者が多いケベック州だけは例外です。ケベック州の英語母語話者の半数以上がsoft drinkと呼ぶそうです。イギリス英語やオーストラリア英語ではfizzy drinkと呼ぶことが一般的です。ただ、どこにでも例外がありますので、みなさんが海外へ出かけたときに炭酸飲料の呼び名調査をするのも興味深いかもしれません。

社会言語学という学問

 ことばの多様性という側面から、PC表現や英語を概観しました。ここでお伝えした内容は、ほんの一部にすぎません。「看護婦」が「看護師」に変わったように、ことばは時代を経て変化します。携帯電話が普及し、テキストでメッセージを送るようになり、短縮語が増えました。先日、学生から「とりま」と言われ、理解に時間がかかりました。「とりま」は「とりあえず、まぁ」の略語だそうです。「とりま」は、最近になって新しく誕生したことばです。かたや、「とっくり」「コール天」「衣紋掛け」といったことばは、もはや死語になってしまいました。現代日本語訳を加えると、それぞれ「タートルネック」「コーデュロイ」「ハンガー」となります。新語と死語との違いは、世代によることばの多様性と言えるでしょう。

 毎日の生活で使われていることばを題材にし、研究することは、「社会言語学」という分野の研究領域です。身の回りで不思議に思うことばやことばにまつわる現象に着目し、その謎を解いていくことは、社会言語学の研究に繋がります。身の回りのことばに興味がある人は、社会言語学を学ぶ入り口に足を踏み入れています。ことばの使われ方に疑問を持ち続け、ことばの学びを探求してみませんか。

[注]
1. 敬称のあとのピリオドの有無は、イギリス英語とアメリカ英語で異なります。ピリオドがない場合はイギリス英語、ピリオドがある場合はアメリカ英語です。
2. PC表現といった観点から、「母語」ではなく「第一言語」と呼ぶことがありますが、ここでは「母語」を使用します。
3. 第二言語を厳密に定義することは難しいのですが、ここでは、歴史的や政治的な理由により、公用語として母語の次に習得する言語とします。

*『成城教育』第182号(2018年12月30日発行)に掲載された文章を加筆・修正して掲載しています。

執筆者プロフィール

水澤 祐美子 水澤 祐美子

水澤 祐美子 | Yumiko Mizusawa

文芸学部 英文学科 准教授
専門分野:社会言語学・英語教育

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