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社会心理学の研究と教育—「計画錯誤」を題材として

村田 光二 教授
社会イノベーション学部 心理社会学科
専門分野:社会心理学

計画錯誤研究の実施

 ところが、前任校のゼミの学生と一緒に私が行った同様の現場研究では、上記のいずれの条件でも計画錯誤は残ったままで、統制条件とも差が認められませんでした。定期試験終了後の2月初め締め切りの期末レポートは、2ヶ月前の12月初めに予測した日よりも、どの条件でも平均して3日程度遅く完成したのです。追試に失敗した理由はいくつか考えられます。受講していた学生には2年生が多く、年度末の試験とレポート提出の経験は1年前の1回しかなく、適切な経験が思い出しにくかったことが理由かもしれません。他の授業科目と異なる課題で、予測することが難しかったかもしれません。また、12月時点では、他科目の動向(レポートなのか試験なのか等)がわからず、障害となる出来事を十分把握できなかったことも理由の1つです。

 他方、この研究では2つ新しい発見がありました。1つは、活動量の過大予測という形式での計画錯誤も認められたことです。レポート作成に使う所要時間を予測させると平均14時間強でしたが、実際には平均10時間弱しか時間をかけませんでした。レポート課題とは別の研究では、学生が知り合いの学生に週末に電話して、翌週の授業のうち何コマに出席するか予測をたずねました。翌週末にまた電話して、実際に何コマ出席したかも聞きました。その結果、予測の平均値は8.8コマでしたが、実際は6.7コマでした。このように、授業への出席という活動を、平均して2.1コマ分過大視していました。いずれの結果も、ある一定期間に行う活動量を、実際よりも多く見積もってしまっていたのです。

 もう1つが、時間厳守性の個人差が計画錯誤に及ぼす影響に関してです。「いつもきちんと実行できるスケジュールを立てている」といった12項目を用いて、時間を守ろうとする意識の程度を事前に調べました。この高低を要因に入れて計画錯誤量を分析すると、計画錯誤量が大きかったのは時間厳守性(時間を守る意識)が低い人ではなく、時間厳守性が高い人だったのです。この意外な結果は、実際の終了日の差によるものではなく、予測日の差によるものでした。時間厳守性が高い人はレポート終了日を、締め切りより1週間も前の日だと予測する傾向があったのです。しかし、(それなりに難しい課題であった)レポート作成を終えたのは、時間厳守性の高低に拘わらず、実際には締め切りより2日ほど前の日でした。

 時間を守ろうとする人ほど計画錯誤を起こしやすい、という皮肉な結果をどう考えたらよいのでしょうか。時間厳守性が高い人たちは、終了日を予測していたというよりも、その日までには終えようと「目標」を立てていた可能性があります。締め切りから遅れるといった最悪の事態は絶対に避けたいという意識が強く、その分前倒しの目標を立てたのかもしれません。時間厳守性が低い人たちは、ギリギリになっても仕方がないという意識が働くので、予測日を後ろにしたのかもしれません。以上のように考察すると、計画錯誤は認知バイアスかもしれませんが、生活に役立つ適応的機能があると考えられます。締め切りを守れないという最悪の事態を避ける役割を果たしやすいでしょう。

 授業を用いて研究がしやすいので、いくつかの大学で何度もデータを取ってみましたが、計画錯誤は繰り返し示されました。「レポートに対するやる気を教員に示すために早い日程を回答する」といった代替説明を排除するために、「学生の調査」として実施した場合でも、「先生の調査」とほぼ同じ量の錯誤が示されました。頑健な現象で、「計画錯誤を起こさないためには、計画を立てないことだ」と他の研究者から指摘されたこともあります。

ゼミの学生との共同研究

 以上のような現場実験だけでなく、実験室へ参加者に来てもらって実施する実験室実験や、情報を提示して判断してもらう質問紙形式の実験なども実施します。近年では意識的な心理過程だけではなく、意識されない過程への注目が高まり、その視点からも研究をしています。カーネマンの有名な本の言葉では前者が「スロー」で後者が「ファスト」です。

 ここでは、研究の話はそろそろ終わりにして、最後に社会心理学の教育について触れたいと思います。ただそれは、計画錯誤研究のスタートがそうであったように、学部生や院生と共同研究をする中で、研究が教育としても機能するのではないか、という話です。

 実験を用いる実証的研究は、実験場面の設定、実験材料の作成、実験器具の準備やプログラミング等、実務的な作業が結構あります。加えて、実験参加者が多数必要です。参加者を確保するのも大変ですし、実施スケジュールを作成して各時間に来てもらうよう、例えば80名に連絡することも大変です。実験室の確保、という問題もあります。データを取った後は入力作業やデータ分析があります。そして論文執筆が待っています。卒論や修論では、これを一人ですることになりますが、研究室の責任者である指導教員が、いろいろな側面からサポートし、アシストしないと経験の少ない人では実験研究を実施できません。加えて、仲間内でも相互に助け合わないと。

 指導教員は、卒論生や修論生たちが研究を構想し、計画を立て、実施をしていく過程で、その内容を理解し、実現可能な方向に導いていくことが仕事になります。学部生の問題意識や研究テーマは、個人の狭い経験や学習の中から提案されるものです。残念ながら、研究者の世界がこれまで積み上げてきた成果を十分ふまえていません。学生たちが自分の言葉あるいは他の特定の研究者の受け売りで語る内容を、社会心理学の先行研究をふまえた内容に導く必要があります。研究は、自分が新しい何かを知るために行うというよりも、人類の英知に新しい何かを付け加えるために行うものです。もちろん、自分が何か新しいことを知りたいという動機づけが、このプロセスを支えています。学生たちが先行研究をふまえられるよう、提案してくる研究テーマを含む領域のレビュー論文等専門文献を紹介して、読んで理解してから再提案するようにアドバイスします。このために、教員自身が勉強する必要があります。学生のテーマ毎に。

 こういった指導で役に立つオンラインサイトが「グーグル・スカラー」という研究者向け検索サイトです。そこのデザインは時々替わりますが、「巨人の肩の上に立つ」という標語は変わりません。私たち研究者は、偉大な先人の肩に立って、その先に小さな一歩を踏み出そうとする小さな存在です(中には、次の巨人になる人もいますが)。

 以上のように研究室運営や社会心理学研究の実際的な進め方を説明しながら、ここでお伝えしたいことは、院生や学生の研究は確かにその人の研究であるけれども、その研究室の共同研究の成果だと言えることです。これまでの経験から、指導教員が修論、卒論研究にアカデミックな貢献をしないことはほとんどありません。もちろん、院生や学生の貢献も多々ありました。実務的な貢献に加えてアカデミックな貢献も。研究室での活動の多くは共同作業であり、相互に助け合う活動なのです。

 具体的な共同作業の内容を説明しないと説得的にはなりませんが、そろそろ結びの言葉に入りたいと思います。「研究室」と表現してきましたが、多くの文系の大学では、研究・教育活動の場を「ゼミ」と呼んでいます。成城大学社会イノベーション学部のゼミでも、同様に共同作業、チームでの活動を通して、学生たちに学ぶ機会を提供できたらよいと思っています。そして、偉大な巨人の肩の上に立って、小さな一歩を踏み出す経験をしてもらえると嬉しいです。その一歩は小さいが、人類にとって意味のある一歩となることを祈って。

*『成城教育』第184号(2019年6月30日発行)に掲載された文章を一部修正して掲載しています。

参考⽂献
チャルディーニ(2014)『影響力の武器[第3版]-なぜ、人は動かされるのか』誠信書房
カーネマン(2014)『ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるか?』(上・下)早川書房(ハヤカワ文庫)
村田光二・高木彩・高田雅美・藤島喜嗣(2007) 「計画錯誤の現場研究-活動の過大視、障害想像の効果、時間厳守性との関係-」 一橋社会科学, 2, 191-214.
村田光二(2010)「感情予測」 村田光二(編)『社会と感情』(日本認知心理学会(監修)「現代の認知心理学」第6巻)北大路書房, p.121-146.

執筆者プロフィール

村田 光二 村田 光二

村田 光二 | Koji Murata

社会イノベーション学部 心理社会学科 教授
社会イノベーション研究科 教授
専門分野:社会心理学

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