成城大学

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  • 2020.03.24

    卒業生に向けて -学長からの祝辞

みなさん、卒業おめでとう — 自信と感謝を携えて

学長 戸部 順一

 四年前に「入学おめでとう」と声を掛けてみなさんを大学に迎え、今日は「卒業おめでとう」と言ってみなさんの出立を見送る…。「大学生活なんて、過ぎてみればあっという間」だったかもしれませんが、この間のみなさんの成長には、きっと目を見張るものがあるはずです。それを自分の目で確認できないままに送り出さねばならないとは、何とも残念で仕方ないのですが、ウィルスが相手では文句を言っても詮無い。せめて学部、学科ごとに細やかに集い、一人ひとりに学位記を手渡しながら、新たな旅立ちを共に喜ぶことといたしました。

 さて、みなさんに手渡された学位記は重さもない一枚の紙(かもしれません)。でも、すぐにしまい込んだりはせずに、そこに記されている文字をじっくりと読むことをお勧めします。と言うのも、成功と蹉跌とを繰り返しながら、それでも目標に向かってしっかりと歩み続けていたことの証が、みなさんの手にしている学位記だからです。苦悩し耐え、努力し報われず、それでも夢の実現に懸命になった—その経験が結晶化して学位記の一文字一文字となっている、こう思って学位記を掌に置いてみたとき、この一枚の紙に存外、重みがあることに気付くはずです。その重みを感じながら、夢中で歩んできた大学時代を精一杯誇りに思ってもいいのが今日だと、私は考えます。達成の喜びを露わにして「やったぞ」と声高に叫んでみてください。

 四月になれば、みなさんの多くは新しい世界を歩むことになりますが、新世界への入場にはいつも不安が付き物です—四年前にもそんなことを話しました。右も左も分からず、経験の浅さゆえに足が竦むことが一度ならずあるでしょう。そんなときには学位記の文字から浮かんでくる大学時代の懸命さを思い出して欲しい。「あのときだってやれたではないか」という自信が必ずや竦んだ足を前に踏み出させてくれるはずです。新世界を歩き続けるための杖として、どうか学位記を活用していただければと願っております。

 ウィルス禍のために、恒例の学位記授与式とはいきませんでしたが、今日がめでたい日であることに変わりはありません。そのめでたい日に、先ほど私が推奨した「やったぞ」なる叫びに加えて、いま一つ声にしてほしい言葉があります。それをお伝えするために、これも式辞では恒例の「神話への言及」を試みようと思います。

 神話の中には人間の持つバランス感覚が物語化しているのではないかと思えるものがあります。「己の生存のためには自然の資源を消費しなければならない」存在が人間だという考え方はいつの時代にもありました。石油の枯渇を不安がるようになったのは最近のことですが、旧石器時代では獲物(=動物)の枯渇が大きな不安であったに違いなく、不猟が一週間も続けば、動物を食い尽くしたのではという恐怖に襲われたことでしょう。不安払拭のために、ある種のバランス感覚が働いたようです。「食い尽くさぬように、こちら(=人間)が喰われてしまえばいい」から生まれた(と思われる)神話物語では、動物の世界が設定され、そちらの世界に紛れ込んだ人間たちを動物の守護者が食い尽くすことになっています。こうして「お互いさま」的なバランス感覚のもとに、食糧の無尽性を担保する物語が生まれました。食糧を求めて洞窟(ここがこの世ならぬ動物の世界なのでしょう)に紛れ込んだオデュッセウス一行が洞窟の主に食われる物語も、そもそもの意味は食糧不安払拭に求められるかもしれません。オデュッセウスたちは火で焼き固めた丸太(人類の文明化の第一歩を想起させる武器です)で主の眼を潰し、洞窟から脱出します。狩猟に頼らなくてよくなった人類の勝利がこの物語に新たに込められたようですが、よせばいいのに舟で逃げるオデュッセウスは目を潰された主に「やったぞ」と叫んだために岩を投げつけられる羽目になります。自然に勝利したのを驕りすぎると、その自然から思わぬしっぺ返しを食らうことになる、そんなことを物語は教えているようです。何事も傲慢すぎないことが肝要—文明を誇るあまり、現代人は自然との付き合い方をどこかで忘れてしまったのでしょうか。

 みなさんの「やったぞ」に傲慢の響きは感得できませんが、「おめでとう」—「やったぞ」のあとに(あるいは「やったぞ」の前に)「ありがとう」と感謝の言葉を口にしてください。困難の克服は一人では達成できないものですから、「やったぞ」と「ありがとう」は常に対の関係にあるのだということを忘れぬようにお願いします—特にご家族への感謝の言葉は重要です。さあ、学位記のもたらす自信と学位記を手にできた感謝の気持ちを抱き、新しい世界を歩んで行ってください。

 美しい人生を送られますように…。

令和2年3月23日