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  • 2024.02.09

    【開催報告】文芸学部(文化史学科・文化人類学分野)主催講演 「当事者に聞く多文化共生—コロナ禍における在日ベトナム人支援について—」

 近年の急激な少子高齢化にともない、2022年末現在、日本に住む外国人は初めて300万人を超え(307万5213人。出入国在留管理庁2023年統計)、日本の全人口の2.5パーセントに達している。もはや日本に住んでいる人の40人に1人が外国人である。そうした外国人の中でも、近年、技能実習生や留学生として来日・滞在するベトナム人の若者が急増している。ベトナム人は日本における外国人労働者の中で最大のグループとなっており(約46万人)、今後ますます増加するものと予想されている。
 ベトナム人をはじめとする在日外国人は、今まで、技能実習や留学等が終了すれば出身国に帰るものと想定され、期待されてきた。しかしながら、当然のことではあるが、外国人の若者たちは日本人と結婚したり帰化したりして徐々に「新日本人」になっている(「新日本人」という言い方は、小田急線・代々木上原駅近くにある日本最大のイスラム寺院・東京ジャーミーで今から20年ほど前に学生たちとともに聞き取り調査をした際に、東京ジャーミーのトルコ人代表者[イマーム]が日本に長年住んでいる自分たちのことを「外国人」ではなく、国籍にかかわらず「新日本人」と呼んでくれと筆者に提案した言い方に因む)。在日ベトナム人の大多数が20歳代前半から後半の若者であることを考えると、今後、ベトナムにルーツを持つ「新日本人」やその子どもたちが増えていくものと思われる。
 こうした中、これまで特に「グローバルサウス」(欧米以外の振興・発展途上国)の社会や文化に関心を集中させてきた文化人類学(社会・文化人類学)も、日本における「多文化共生」のテーマの下に、在日外国人ないし「新日本人」とともに新たな日本社会や文化のあり方を模索する研究を進めつつある。
 そこで、文化史学科・文化人類学分野の教員を中心として、文芸学部の公開講演として、「(在日外国人ないし「新日本人」)当事者に聞く多文化共生」をテーマとする講演を企画した。その第1回目として、埼玉県北部の本庄市にある「ベトナム寺院」(大恩寺)の住職(尼僧)ティック・タム・チー(Thích Tâm Trí、釈心知)師を招き、夏休み前の7月10日(月)午後4時半から約1時間半にわたり、「コロナ禍における在日ベトナム人支援について—在日ベトナム仏教信者会と大恩寺の活動を中心に—」と題する講演会を開催した。
 登壇者のティック・タム・チー師は1978年にベトナムに生まれ、7歳で自ら望んで出家。2000年末に来日し、大正大学(仏教学科)、同大学大学院(修士課程)、国際仏教大学院大学(博士課程)にて大乗仏教典を研究した。その間、2011年3月に東日本大震災が発生したことから、被災したベトナム人技能実習生や留学生の救出・保護に携わった。以来、在日ベトナム仏教信者会の代表理事や埼玉県北部に開山した「ベトナム寺院」の住職などとして、ベトナム人技能実習生や留学生等を継続して支援している。2020年に発生したコロナ禍以降は、行き場をなくした技能実習生や留学生の保護、支援等を継続するとともに、ベトナム人と日本人の交流も精力的に進めている。講演では、コロナ禍及びその後のベトナム人技能実習生や留学生等の日本での生活実態や窮状と彼ら・彼女らに対する支援について、タム・チー師が主導する在日ベトナム仏教信者会とベトナム寺院の活動を中心に紹介していただくとともに、在日ベトナム人の観点から日本における多文化共生の可能性についてお話ししていただいた。

「ベトナム寺院」(大恩寺)の支援活動を紹介するティック・タム・チー師
「ベトナム寺院」(大恩寺)の支援活動を紹介するティック・タム・チー師

 講演には、平日(月曜日)5限目以降の時間帯(16:30-17:50)であるにもかかわらず、「ベトナム寺院」(大恩寺)での泊り込み調査を間近に控えていた文化史学科・「文化史実習Ⅲ」の受講生(2,3年生)十数名の他、文芸学部や法学部の学生諸君、それに文芸学部や経済学部等の教員等が多数参加した。タム・チー師の講演の後には、コロナ禍後も困難に直面するベトナム人技能実習生や留学生を支援する具体的な方策に関する質問の他、ベトナム寺院で提供される、ウェブサイト等でもおいしいと評判の精進料理のレシピに関する質問が出されるなど、コロナ禍以後に久々に開催された対面式の講演会ならではの和気あいあいとした雰囲気の中で質疑応答が重ねられた。
 ところで、後日譚ではあるが、講演後の夏休み、8月18日~21日の3泊4日の日程で、文化史学科・文化人類学分野の「文化史実習Ⅲ」(「『ベトナム寺院』(大恩寺)に集う人びとを通して見る多文化共生」)の受講生十数名が、タム・チー師の協力の下、ベトナム寺院の盆行事(盂蘭盆会)に参加し、インタビュー調査等を実施した。実習に参加した学生諸君は、時として精進料理の調理の手伝いをするなどしつつ、盆行事に集まった500人近くのベトナム人技能実習生や留学生、その他の在日ベトナム人に日本における多文化共生の実態について話を聞いた。

  • 「ベトナム寺院」(大恩寺)の盆行事に参加するベトナム人技能実習生や留学生
    「ベトナム寺院」(大恩寺)の盆行事に参加するベトナム人技能実習生や留学生

  • 精進料理の手伝いをしながらインタビュー調査をする実習参加学生
    精進料理の手伝いをしながらインタビュー調査をする実習参加学生

 「ベトナム寺院」(大恩寺)での調査を通して、これまでの調査研究やマスメディアではまったくと言っていいほど報告されていなかった事実、例えば、ベトナム寺院の盆行事には在日ベトナム人だけでなく、在日ベトナム人を支援する近隣農家の皆さん(お盆当日は参会者に「じゃが味噌」料理を振舞っていた)や各種NGO/NPOのメンバー、あるいは盆行事の傍らでベトナム人僧侶や信者と商取引を行うベトナム食材輸入会社や仏具(袈裟や数珠など)販売会社の方、無償で各種の法律相談に乗る行政書士の方なども参加していることが判明した。あるいはさらに、われわれのようにベトナム寺院の存在や活動に興味関心を持つ大学生や大学院生、大学教員などの研究者、さらにはドライブのついでにTVで見知ったベトナム寺院の見学にやって来たカップル等など、多種多様の日本人が入れ替わり立ち代わりベトナム寺院の盆行事に参加したり立ち寄ったりしており、事実上の「多文化共生」が達成されていることが明らかになった。
 来年度もベトナム寺院での調査を継続し、終了後には2年間に及ぶ調査の成果をまとめて「実習成果報告書」を刊行する予定である。刊行の暁には大学内外に報告書を配布し公表するので、ご笑覧いただければ幸いである。

【成城大学文芸学部 文化史学科教授 上杉富之】