成城大学

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  • 2019.06.12

    「招待講演: The Inside-Out Prison Exchange Program ~刑務所内外の学生が共に学ぶプログラム~」を開催しました

6月4日(火)、治療的司法研究センターでは、アメリカのLewis & Clark College歴史学部准教授のReiko Hillyer先生による招待講演「The Inside-Out Prison Exchange Program~刑務所内外の学生が共に学ぶプログラム~」を開催しました。

招待講演は、成城大学法学部の「刑事政策」の公開授業でもあったため多くの学生が参加し、さらには学内外の研究者や市民など、70名ほどの方々にご参加いただきました。

Hillyer氏は、アメリカの19・20世紀の社会と文化に関する歴史学を専門としており、近年は、刑務所収容に関する政治や収監状況に関する歴史に焦点を当てた研究を進めておられます。大学では、アフリカ系アメリカ人の歴史や公民権運動の歴史に関するコースを担当するとともに、刑務所内外の学生が共に刑務所内で学ぶという1997年にテンプル大学で始まった「Inside-Out Prison Exchange Program」をご自身の大学でも開講されています。

講演では、まず、アメリカの刑務所制度の状況について説明がされました。アメリカの受刑者は、現在、世界全体の約25%を占めており、人口に対する受刑者の割合が世界中で最も多い国だそうです。1972年には20万以下であった受刑者は、今日では220万人に膨れ上がっており、刑務所の過剰収容と国家予算の圧迫という事態を引き起こしています。一方では、このような受刑者の急激な増加は、「大量収容」、「刑務所ブーム」、「刑務所産業複合体」、「収容国家」であるという批判や、公民権の観点から問題があるという指摘があります。なぜなら、刑務所への収容という手段を幅広く活用することは、貧しい人々や有色人種の非人間的扱いを引き起こし、すでに周辺に追いやられたコミュニティにダメージを与え、公共の安全を推進することに失敗し、教育や医療保険や福祉制度のような他で必要な公的資源を使い果たしてしまうことを意味するからです。しかし、他方では、このような「大量収容」という現象は、自然で、永続的なもので、必然的なものとして認識されてきたという事実を示し、この現象を説明しようとする立場があることが紹介されます。

しかしながら、Hillyer氏は、自然で必然的に見える「大量収容」という現象は、歴史学研究によると比較的近年に発展したものであると指摘し、アメリカにおける数々の史実、写真、グラフを示しながらそのことを丁寧に説明していきます。詳細については2020年3月に公刊される治療的司法ジャーナルにおけるHillyer氏の講演録をご参照いただければと思いますが、Hillyer氏によれば、1980・1990年代に起こった「ドラッグとの戦い」が犯罪に対する人々の恐怖を呼び起こし、「犯罪に厳しい」政策に勢いを与えたとされます。その結果、些細なドラッグ犯罪に対してでさえ、極端に厳しく、人種により異なる罰を課すことや仮釈放なしの終身刑が急増し、今日のアメリカにおいて前例がなく類を見ない収容率を導いたのだと言います。このような「犯罪に厳しい」政策が常識となるにつれて、受刑者の教育やリハビリをサポートするようなプログラムは姿を消していきました。例えば、1990年代には27000人の受刑者に対して350の大学(college)の学位を与える350のプログラムがあったのに対し、今日残っているのは12にすぎません。

Hillyer氏は、このような文脈において、Inside-Outのようなプログラムを通じて大学レベルの教育を提供することは、収容されている市民の幸福にとって、また精神的な刺激を与えるために、さらには彼らが出所した際に必要なスキルを身に着けさせるためにもきわめて重要であると述べます。しかし、Inside-Outが提供するものは教育的内容にとどまりません。このプログラムが中の学生と外の学生との間の対話と協力に基づいたものであるために、いずれの学生にも変化をもたらすような学習経験を提供するのです。Hillyer氏は言います。プログラムを通じて受刑者にもたらすのは単なる教育や情報ではないのです。それどころか、我々は壁を通り抜けた関係を構築し、ステレオタイプを打ち壊し、我々の信念に挑戦し、共感を育み、そして、教師が中心ではなくすべての生徒が対等であるような徹底的な民主主義的なクラスで互いに学ぶのです。このことが特に重要なのは、刑務所制度への過度な依存の大部分は、その不可視性と収容された人々を悪魔のような存在として扱うことにあるからなのです。多くの中の生徒にとって、クラスは彼らが人間であると十分に感じることができる唯一の場所なのです。彼らが聞かれ、知的に挑戦し、彼らがいる場所について率直に批判することができ、そして、彼らが笑い泣くことのできる唯一の場所なのです。

Hillyer氏の講演は、氏の授業に2年連続で参加し、2年目にはティーチングアシスタントを務めた「中の生徒」であるBenさんの言葉で締めくくられます。Hillyer氏が実践した今までのクラスでどのような内容の授業が行われたのか、22年刑務所で過ごし今年が刑務所最後の年となるBenさんが何を語ったのかは、ぜひ、来年刊行されるジャーナルをご覧ください。

最後の写真のスライドは、クラスで中の学生と外の学生とが交互に輪になって手を繋いでいるもので、中の学生も外の学生も皆が対等の立場で学ぶというこのプログラムを象徴しているかのような一コマでした。
最後の写真のスライドは、クラスで中の学生と外の学生とが交互に輪になって手を繋いでいるもので、中の学生も外の学生も皆が対等の立場で学ぶというこのプログラムを象徴しているかのような一コマでした。