第9回コミュニティー・カレッジ・デー

特別講座

今回、特別講義をご担当いただきました下記2名の先生方は、2015年5月から始まります 「成城 学びの森」コミュニティー・カレッジ春夏講座の講師もご担当いただきます。 下記は、当日の講義風景、講義内容となります。


ようやく世界の強国に近づかんとしていた明治後期、今から100年も前に、エコロジー思想を持ち合わせた日本人がいたことにまず、驚嘆させられた。 成城大学民俗学研究所の原点とも言える柳田国男博士により印刷・配布した、南方熊楠が植物学者・松村任三郎に宛てた神社合祀反対と自然保護への条理を説いた手紙「南方二書」を前半にとり上げ、当時、なぜ熊楠が自分の貴重な研究時間と、貧しい最中に生活資金の大半を費やし、あまつさえ官吏に暴力的であるとの理由で投獄されるまで、自分のすべてをかけて、神社合祀を反対したかについて解りやすく、かつ熱弁を振るわれた講義であった。 この講義を聴き、南方熊楠は、森に存在していた貴重な粘菌類等の自然保護観点からのエコ思想の先駆者としてだけではなく、現在、盛んに論議されている「地域主権」の思想をも持ち合わせた先駆者であったように思われた。 また、柳田が前年に書いた『石神問答』と、熊楠の「南方二書」を並べて観るときに、純粋に存在した土着信仰による「シャクジ」への探究心と、森を何の躊躇もなく蹂躙する自然破壊へと突き進んでいった当時の経済的基盤のみに焦点をあてた政策に対して,両氏の怒りが迸ってくるように感じた。

特別講義2 敦煌文書の真贋をめぐって


敦煌文書は科学的基盤の固まっていた20世紀の初頭に発見されたにも拘わらず、意外と贋物が多いと言われる所以が中野先生の講義をお聴きしてすっきりと解った。 問題は敦煌文書の発見場所にあった。敦煌の莫高窟の奥深くに封印されていた文書が発見されたのが、1900年。これが古くからの伝世品であれば、人々の眼に触れ、オリジナルへの認識が充分になされたものが現在に伝わったであろうが、件の敦煌文書は何せ、封印されて一度も人の眼に触れて来ず、後に国内外の収集家が、これが敦煌文書ですと中国の骨董商が差し出すものをオリジナルとし、マニュアル(基準)としてしまった。 このように、真作と贋作の両方が混ざってしまっているものを基準とすれば、真贋の区別がつかないのも尤もであろう。中野先生によれば贋作には次の3つがあると言う。 (1) 原本加工 原本の紙背や奥に、跋(後書き)や別のテキストを入れる。(2) 複製 原本の模写 (3) 臆造 原本に基づかないで、勝手に作った贋物。この3つに分類されると言うが、これを色々な手法で真贋を見極めていくことは困難を極める事であろうと思われる。しかしながら、最後に中野先生が仰った真贋の見極め方、これには感心した。 「真贋は、一瞬で決める!」 この言葉は、知識を深め、探究心を持ち続け、智慧と言われる領域にまで達した泰斗にして初めて言える言葉ではないだろうか。

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