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外池 昇(Noboru Toike) 教授
担当専攻
日本常民文化専攻
担当科目
日本文化史研究Ⅰ
研究テーマ
近世・近代における天皇陵をめぐる動向について
専門分野
日本の歴史における天皇のあり方を考えるためのひとつの方法として天皇陵の問題を取り上げています。巨大古墳が天皇陵とされているために考古学のうえでの研究がで きない現状はよく知られていますが、いったいどのような経緯でそうなったのか。近世史・近代史の視点から実証的に考えています。
そのためには多くの視点からのアプローチが考えられます。天皇陵・古墳を研究しようとする学者の視点、巨大古墳の周りに生活する農民の視点、古墳を陵墓として修築し祭祀・管理しようとする武家・天皇・公家、あるいは明治政府の視点、陵墓に関する法制を整備しようとする官僚の視点、天皇陵の問題を取り上げることによって天皇制をめぐる世論を喚起しようとするジャーナリズムの視点、戦前期との連続性に重きをおく宮内庁の視点、天皇陵を文化財として捉えようとする考古学界・歴史学界の視点等々です。目指す目標があれば路は後からでもつく筈だと考えて、さまざまな方法を模索しています。
最終学歴
成城大学大学院文学研究科日本常民文化専攻博士(後期)課程単位取得退学 1998年博士(文学)(成城大学)「幕末・明治期の陵墓」
著書・論文等
[著書]
『幕末・明治期の陵墓』吉川弘文館 1997.
『天皇陵の近代史』吉川弘文館 2000.
『事典陵墓参考地―もうひとつの天皇陵―』吉川弘文館 2005.
『天皇陵論―聖域か文化財か―』新人物往来社 2007.
[編著監修]
『文久山陵図』新人物往来社 2005.
[主たる論文]
「間瀬和三郎と戸田家―「文久の修陵」以前―」調布学園女子短期大学『調布日本文化』6、1996
「宮内省官員による群馬県内の古墳調査―明治十一年「宮内省諸陵掛検註写」―」『調布日本文化』7、1997
「天武持統天皇陵の改定―見瀬丸山古墳と野口王墓古墳―」佐伯有清編『日本古代中世の政治と文化』吉川弘文館、1997
「江戸城多聞櫓文書にみる「文久の修陵」」『調布日本文化』8、1998
「「文久の修陵」における神武天皇陵決定の経緯」調布学園短期大学『調布日本文化』9、1999
「遠江方廣寺の後醍醐天皇陵」『調布日本文化』10、2000
「「文久の修陵」の「悪評」」『地方史研究』50-5、2000
「文久の修陵の発端をめぐる言説について」『調布日本文化』12、2002
「文久の修陵と「問屋渡世」」(佐伯有清編『日本古代中世の政治と宗教』吉川弘文館、2002)
「和宮降家と文久の修陵―文久二年七月二十三日の勅使大原重徳と慶喜・慶永の会談―」田園調布学園大学短期大学部『人間文化研究』1、2003
「江戸・明治期の聖徳太子墓」(佐伯有清編『日本古代史研究と史料』青史出版、2005)
「近代における陵墓の決定・祭祀・管理―式年祭の変遷―」歴史科学協議会『歴史評論』673、2006
「大正十五年「皇室陵墓令」の成立」『史潮』新63、2008
学会活動
歴史学会理事、多摩地域史研究会委員、日本歴史学協会個人会員、地方史研究協議会
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