| 発行年 |
題目 |
| 2012年(平成24年) |
ティントレットのマドンナ・デッロルト聖堂内陣対作品の主題選択の意味について |
| 違和感という魅力 感性的質から見たアール・ブリュット |
| オディロン・ルドン≪聖アントワーヌの誘惑≫の物語性について |
| 河鍋暁斎筆「観世音菩薩像」考 ―山岡鉄舟と何礼之との交流を通して― |
| ジョン・エヴァレット・ミレイとファンシー・ピクチュアの革新 |
| ドラクロワにおけるゴヤの影響 ―≪ロス・カプリチョス≫による誇張表現を中心に― |
| グイド・レーニ作品におけるラファエッロとカラヴァッジョの受容 ―≪嬰児虐殺≫を中心に― |
| 建築物とは地球の皮膚である |
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| 2011年(平成23年) |
雪舟筆「四季山水図」(石橋美術館別館)考 |
| 神奈川県・円応寺初江王坐像の再考 |
| ムンクと女性 ―女性表現からムンク像を考える― |
| ルノワールと過去の美術の関わりについての一考察 |
| ビアズリー作品における線描表現 ―ライン・ブロックからの考察― |
バンボッチョの芸術の形成とローマにおける外国人サークルの人的交流 ―17世紀初頭のローマにおける芸術的多様性の観点から― |
ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ作≪プロセルピナの略奪≫
―ベルニーニの初期彫刻におけるその位置付けに関する一考察 |
| C.D.フリードリヒの宗教観 ~樫のモチーフを中心に~ |
| 16世紀オスマン帝国期大モスクの独自性について ―シナンのモスクを中心に― |
| 2010年(平成22年) |
パブロ・ピカソの女性観における《ミノタウロマキア》 |
| エゴン・シーレ研究 ―人物画の制作背景を中心に― |
| エドワード・ポッパーにおける光 |
| 2009年(平成21年) |
庵野秀明のオタク批判 -『新世紀エヴァンゲリオン』、『ラブ&ポップ』、『式日』、
『Re:キューティーハニー』を中心に- |
| 唐招提寺大日如来像の制作年代と造像背景について |
| サルバドール・ダリ、神話的複製 -1950年代の「磔刑」の反復を中心に- |
| オスカー・ココシュカの人形制作 -初期作品との関連からの考察- |
イギリス・カントリー・ハウスにおけるアダム様式
-グランド・ツアーおよびピクチャレスク論争による展開- |
| シャルダン、静物画への回帰 -同時代の風俗画との関連において- |
セシリア運動とモーツァルト批判
-19世紀におけるモーツァルト教会音楽の受容と評価をめぐって- |
| 2008年(平成20年) |
フェリックス・ヴァロットンの室内画の意義 |
| 世界を切り開く芸術作品 |
| 土佐派の「柳橋水車図屏風」について |
トゥールーズ・ロートレックにおけるジャポニスムの影響
-浮世絵との色彩・構図・題材・人物表現の比較- |
| 2007年(平成19年) |
敦煌莫高窟に於ける天井装飾の研究 |
| 「賀茂祭草紙」研究 <本文編> <図版編> |
| 赤間神宮蔵「安徳天皇縁起絵伝」について -制作に関する考察- |
| 善光寺式阿弥陀三尊像の源流について |
| 日本における「宝冠釈迦如来」の受容と変化 |
| マルシーリオ・フィチーノの詩人論にみる文芸の道徳教育的性格 |
| 帳良図研究 -室町時代扇面図「帳良進履図」を中心に- |
| 仏像制作過程における「御衣木加持」の研究 |
パピエ・コレと「総合的」キュビスムの収束
-制作意識の違いに見る、ブラックとピカソのキュビスム- |
| 2006年(平成18年) |
バーン=ジョーンズ《受胎告知》をめぐって |
| 石山寺蔵仏涅槃図について -その図像の位置付けと特色- |
| フェルナン・クノップフ《孤立》三幅対について |
| 「百鬼夜行絵巻」研究 <本文編> <図版編> |
| 「清明上河図」研究 -転換期絵図の諸相- <本文編> <図版編> |
| 2005年(平成17年) |
日本における合唱組曲の研究 -その統一的要素に関して |
| 快慶及びその周辺作品にみる阿弥陀三尊形式の成立と展開 <本文編> <図版編> |
| 長澤蘆雪筆「降雪狗児図」について -黒白への好奇- <本文編> <図版編> |
ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ≪バルダッキーノ(大天蓋)≫研究
<本文編> <図版編> |
J.W.ウォーターハウス作≪シャロットの女≫
--1888年前後の様式転換をめぐって-- |
| チェコにおける日本美術の受容について 1863 ― 1913 |
| モーリス・ドニに見られる楽園表象 -≪プシュケの物語≫を巡って- |
| 伝能阿弥筆「三保松原図」について |
ブロンズィーノのエレオノーラ礼拝堂壁画装飾について
-祭壇画の図像プログラムを中心に- |
ギュスターヴ・モローの人物表現に関する一考察
-伝統からの脱却,そして理想の歴史画へ- |
| 2004年(平成16年) |
吉祥天像の服制に関する考察 |
| シャガール・ステンドグラスの光とマチェール~20世紀のアール・サクレ~ |
| アポロン的芸術と哲学との差異:初期ニーチェにおける不明瞭 |
| 狩野元信印「富士参詣曼陀羅」研究 <本文編> <図版編> |
ソナタ形式の存在論
-モーツァルトのクラヴィーア・ソナタにおける「主題Subiectum」概念の研究- |
| 俵屋宗達筆「松島図屏風」をめぐって―広がりゆく世界 <本文> <図版編> |
| 「選ばれたものだけが立派に選び、実際に選ぶ」(ドゥルーズ):エリック・ロメール監督『モード家の一夜』におけるその映画的表現 |
| ジョン・ケージ『サイレンス』における環境美学 |
| 耀州窯青磁の研究 -五代を中心として- <本文> <図版編> |
| 2003年(平成15年) |
フランス風クーラントの舞踏性と、そのドイツにおける受容について |
| 消失点にある身体 花柳寿南海の素踊り「都見物左衛門」 |
アントワーヌ=ジャン・グロとオリエンタリズム
ナポレオン戦争画をめぐるいくつかの考察 |
| 桃山茶陶と織部焼の意匠 |
| 汝窯清磁の器形と文様について <本文> <図版集> |
| 写真の物質性 ロバート・メイプルソープの写真から |
| 田口掬汀と『中央美術』 |
| 2002年(平成14年) |
国立歴史民俗博物館蔵「韃靼人狩猟打毬図屏風」をめぐって <本文編> <図版編> |
| 六朝時代の青磁に関する一考察 中国南方への青磁の展開 <本文> <図版> |
| 『美人画』にみられる「影」の研究 鏑木清方を中心に |
| マチスの1930年代後半における油彩考察 《ラ・ポエジー》を中心に |
| J.M.W.ターナーにおける画風展開 光と主題の検討をとおして |
| ギュスターヴ・モローのマチエール試論 装飾工芸としての絵画 |
| フィリッピーノ・リッピにおけるビッザーロ[奇矯な]表現に関する一考察 |
| 他者を提示する肖像写真 北島敬三『Portraits』から |
| 明代の輸出青花磁器に関する一考察 |
エドヴァルド・ムンクの《歴史》
20世紀初頭のノルウェーにおける装飾絵画への取組み |
| 砂澤ビッキ論 「アイヌ工芸」と「近代彫刻」の境を越えて |
| エドゥアール・マネのカフェを主題とした作品と同時代のモードとの関わりについて |
| 2001年(平成13年) |
ブリューゲルの作品にみる時間的・空間的連続性 |
| ボロブドゥール隠れた基壇浮彫図に関する一考察 <本文> <図版> |
| ポール・セザンヌ《首吊りの家、オーヴェール=シュル=オワーズ》の印象主義様式における位置及び意義についての考察 |
| ボイデル・シェイクスピアギャラリー 18世紀イギリス美術におけるその位置付け |
| 奈良時代における木彫像と来朝僧 -唐招提寺と大安寺- <本文編> <図版編> |
| エドワード・ホッパー メディウムの変遷とその役割 |
絵画的マチェールと作者性
-構築的時代以前におけるポール・セザンヌのタッチに関する考察- |