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| 成城文藝(紀要):201号-217号
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【 217 号】
2011 年 12 月 発行
森田 孟
対話精神の探求――ヘンリー・ヴォーン、呼応―初期と後期と
高木 昌史
中世ヨーロッパの伝説――(2)エッダの系譜――
伊東 俊彦
格差社会は健康に悪い――健康格差の問題から見た「生きづらさ」について――
青木 健
児童文学擁護論――ディケンズvs.クルックシャンク――
工藤 力男
<エッセイ>聞きまつがい――日本語雑記・9――
【 216 号】
2011 年 9 月 発行
高木 昌史
中世ヨーロッパの伝説――(1)カロリング朝――
森田 孟
思いは弱まることなく――ヘンリー・ヴォーン『甦ったタレイア』の世界
牧野 圭子
震災後の日本観光に関する感性論的考察――浅草三社祭の事例――
工藤 力男
<エッセイ>接辞の陥穽――日本語雑記・8――
【 215 号】
2011 年 6 月 発行
林田 伸一
十八世紀後半におけるフランスの地方行政と地方長官補佐「心得」
森田 孟
補遺と増幅――ヘンリーヴォーン、『火花散る燧石』以後の
山下 純照
記憶の演劇の概念について[1]――野田秀樹『ザ・キャラクター』(2010)における社会的記憶――
有田 英也
「6月18日の男」をどのように思い描くか――アンドレ・マルローとモーリス・ブランショの見たシャルル・ド・ゴール――
青木 健
この御し難き人間の業(2)――『ピクウィック・ペーパーズ』誕生とシーマー論争――
工藤 力男
<エッセイ>詫びる?詫びない?日本人――日本語雑記・7――
【 214 号】
2011 年 3 月 発行
林田 伸一
フランス絶対王政期における国務会議裁決と行政の技術
高木 昌史
フィリップ・オットー・ルンゲの世界――文学と美術――(3)
森 暢平
皇居開放と再建――「国民」と天皇との関係をめぐって(下)
鶴見 良次
「最下級の子供たちのための教科書」――ウィリアム・ラウトン『実用英文法』と18世紀中葉のイギリスにおける初等英文法教育
森田 孟
<研究ノート>『萬葉集』の諸相(4)-(7)――表現と表記――承前
工藤 力男
<エッセイ>受診と聴取――日本語雑記・6――
【 213 号】
2010 年 12 月 発行
高木 昌史
フィリップ・オットー・ルンゲの世界――文学と美術――(2)
森 暢平
皇居開放と再建――「国民」と天皇の関係をめぐって(上)
小林 真由美
献芹考――葛城王の贈答歌から真福田丸説話まで――
青木 健
この御し難き人間の業(1)――ディケンズと出版者たちの闘争――
劉 穎
女書文化伝承における言語的条件――方言の官話化問題をめぐって
小河原 あや
映画映像の偶然的立ち現れ エリック・ロメール監督『モンソーのパン屋の女の子』における人と世界の関係を基に
森田 孟
<研究ノート>『萬葉集』の諸相(1)-(3)――表現と表記――
工藤 力男
<エッセイ>八ッ場ダム――日本語雑記・5――
【 212 号】
2010 年 9 月 発行
森田 孟
真摯な共同作業の成果――ビショップに捧げられたロウエルのソネット四連作
高木 昌史
フィリップ・オットー・ルンゲの世界――文学と美術――(1)
青木 健
『困難な時代』とプレストン・ストライキ――階級闘争への序章――
木畑 和子
東ドイツに帰国した亡命ユダヤ人たち(9)
荒畑 靖宏
「慎ましい」意味理論と言語内存在――デイヴィドソン、ダメット、マクダウェル、そしてガダマー――
富山 典彦
<研究ノート>『フォーラウの民衆聖書』――ハプスブルク帝国に咲いた「谷間の百合」――
工藤 力男
<エッセイ>ありにけり――日本語雑記・4――
【 211 号】
2010 年 6 月 発行
森田 孟
全体像把握へ向かって 試訳完了――ヘンリー・ヴォーン小考(13)――
高田 宣子
天才へのまなざし(2)――ミナ・ロイの見た1920年代パリのイサドラ・ダンカン、ガートルード・スタイン、コンスタンティン・ブランクーシ
木畑 和子
東ドイツに帰国した亡命ユダヤ人たち(8)
工藤 力男
<エッセイ>いかれた人はいただけます――日本語雑記・3――
【 210 号】
2010 年 3 月 発行
小島 孝之
模写・記録・贋作――古筆切研究の悩ましさ――
森田 孟
高潔な正義を求めて――ヘンリー・ヴォーン小考(12)――
有田 英也
ド・ゴールの未完の回想録における偉大さへの意志について
工藤 力男
<エッセイ>におい彷徨――日本語雑記・2――
【 209 号】
2009 年 12 月 発行
外池 昇
終戦直後における陵墓をめぐる動向
森田 孟
独立と連合と――ヘンリー・ヴォーン小考(11)――
入口 敦志
『帝鑑図説』の読まれかた――『帝鑑評』を中心に――
石山 玲子
選択的夫婦別姓をめぐる新聞報道の分析――賛否理由におけるニュースフレームを視野に入れて
大愛 崇晴
著作としての『第二の作法』はなぜ書かれなかったか――モンテヴェルディとその同時代における作曲上の規則と独創性――
工藤 力男
<エッセイ>ゲッキョク駐車場――日本語雑記・1――
【 208 号】
2009 年 9 月 発行
森田 孟
昇天と復活への思い――ヘンリー・ヴォーン小考(10)――
堀内 圭子
「姉妹芸術」と「詩画一致」の類似性と相違点――絵画思想の東西比較――
杉本 豊久
日英語の変異性――英語変種のつづり字表記と日本語カタカナ表記の比較分析――
松川 祐子
“Vain Imaginings about Place and Power”: Mikado Trade Cards, Gender, Race, and Leisure
田中 佳佑
市民的人文主義にみる修辞学の人間論的性格
木畑 和子
東ドイツに帰国した亡命ユダヤ人たち(7)
劉 穎
女書歌メロディの恣意性における考察――何艶新との比較を中心に――
【 207 号】
2009 年 6 月 発行
森田 孟
哀歌に託す自己励起――ヘンリー・ヴォーン小考(9)――
千足 伸行
シニャックとアナーキズム(2):または《調和の時代》(下)
鶴見 良次
「新約聖書が完璧に読めること」――18世紀イギリスにおける初等リーディング教育の達成目標
木畑 和子
東ドイツに帰国した亡命ユダヤ人たち(6)
【 206 号】
2009 年 3 月 発行
富山 典彦
生き残りし者の声――ソーマ・モルゲンシュテルンと他者の風景
森田 孟
<隠された宝>へ向かって――ヘンリー・ヴォーン小考(8)――
荒畑 靖宏
脱自としての心的生――ハイデガーとマクダウェルの「特異」な外在主義――
鶴見 良次
ABCと聖書――17世紀後半のイギリスにおけるアルファベット=綴字教育とその教材
石鍋 真澄
<講演>ヴェネツィア、神の手で造られた都市
高木 昌史
<研究ノート>比較民話学とは何か――その歴史・目的・方法――
松田 美作子
<報告>エンブレム研究の回顧と展望――第8回国際エンブレム会議に参加して――
【 205 号】
2008 年 12 月 発行
小島 孝之
中世私家集の断簡三種――『公経集』・『道玄集』・存疑『親清四女集』等について――
森田 孟
花と星へ 嵐と夜から苦悶に耐えて――ヘンリー・ヴォーン小考(7)――
田中 佳祐
ペトラルカの文体模倣論とそのキケロー派論争への寄与
佐藤 憲一
Charles Brockden Brown’s
Ormond
and the Representation of Cataract Surgery in the Early Republic
荒畑 靖宏
経験と世界への開け――マクダウェルの「最小限の経験主義」のための存在論的前提
青木 健
ディケンズと宗教教育
工藤 力男
<エッセイ>一語の時代――言語時評・20――
【 204 号】
2008 年 9 月 発行
工藤 力男
和名抄地名新考(六)
森田 孟
追求は異なる角度、視点から――ヘンリー・ヴォーン小考(6)
森田 孟
固有名詞の普通名詞化語彙小考――随想風に、袖珍辞書風に――続続
東谷 護
韓国「米8軍舞台」形成初期に見るKPKの特異性
古田 尚輝
『ゴールドラック』の残影~アニメーションの大量輸出に関する一考察~
千足 伸行
シニャックとアナーキズム(2):《調和の時代》(上)
青木 健
十九世紀作家の権利意識(1)――
Sketches by Boz
出版にからんで――
工藤 力男
<エッセイ>悩ましき〈の〉――言語時評・19――
【 203 号】
2008 年 6 月 発行
森田 孟
複眼による並置比較思考 ――ヘンリー・ヴォーン小考(5) ――
南 保輔
教育効果特定の手がかりを求めて:薬物依存離脱指導の観察と受講者インタヴューから
木畑 和子
東ドイツに帰国した亡命ユダヤ人たち(5)
高田 宣子
天才へのまなざし(1) ――ミナ・ロイが照らし出す1910年代のアヴァンギャルドたち――
楢崎 洋子
三善晃(1933~)におけるオペラ構想のゆくえ ――1960年代後半の器楽作品と声楽作品の関係をめぐって――
河合 大介
自律性から関係性へ ――インスタレーション・アートにおける観客の身体性――
工藤 力男
<エッセイ>交通業界の日本語 ―― 言語時評・18 ――
【 202 号】
2008 年 3 月 発行
森田 孟
「序文」と「反歌」に包まれて ――ヘンリー・ヴォーン小考(4)――
北山 研二
Marcel Duchamp avec sa pensee du dehors
工藤 力男
<エッセイ>朗読者の務めと悩み ――言語時評・17――
【 201 号】
2007 年 12 月 発行
後藤 昭雄
早稲田大学図書館蔵
『小野僧正祈雨之間賀雨贈答詩』をめぐって
森田 孟
〈死〉からの再出発――ヘンリー・ヴォーン小考(3)――
曽我部 一行
及川 祥平
今野 大輔
『人類学雑誌』考――民俗学の揺籃期――
古田 尚輝
劇映画〝空白の6年〟(完)
千足 伸行
シニャックとアナーキズム(1):〝社会的芸術〟(下)
堀内 圭子
消費者のノスタルジア――研究の動向と今後の課題――
磯田 一雄
<研究ノート>
黄靈芝の俳句觀と「台灣俳句」 ――台北俳句會における俳句指導(句評)を中心に――
工藤 力男
<エッセイ>新聞醜悪録続貂(承前)――言語時評・16――