文芸学部

混沌とした状況の中で立ち位置を定める

国文学科准教授 竹内 史郎

折にふれて、私のゼミの学生たちに、通っていた高校がどのような感じだったかを聞くことがあります。

いろいろな感想が聞こえてくるのですが、髪型や服装の制約、校則等のあり方がまるで異なっていて、実にさまざまだなと感心させられます。前髪の長さやスカートの丈に正解があったりするのはありふれているのですが、びっくりしたのは、男女の恋愛が校則で禁止されている学校があることです。

高校では事あるごとに規範的な振舞いが求められていたかもしれませんが、社会では、高校時代に存在した「正解」や「禁止」が無意味であるということが少なくありません。言い換えると、個人個人が思うままに決めることができる範囲がより広くあるということになります。例えば前髪の長さ、アルバイトや恋愛のことなど。

この範囲に正解はないわけですから、そもそも「混沌」とした状況と言えます。どうあってもいいのです。前髪の長さを決めることは「混沌」とした状況の中で具体的な長さを決めるわけです。職に就くのであれば、「混沌」とした状況の中で足掛かりを見出し、足場を確保して、自分の立ち位置を定めるぐらいのステップが必要となるでしょう。でも、前髪の長さを決めることも、生活のための糧を見つけることも、混沌とした状況の中で自分の立ち位置を定めるという意味においては同じことです。このことは人としての義務であって、生きることと同義であると思います。いずれも自信とこだわりを持ってしっかりやってほしいです。

さて、混沌とした状況の中で自分の立ち位置を定めることが重要な意味をもってくるのはここからです。正解のない何でもありの状況から個人個人が立ち位置を定めるわけですから、自分の立ち位置だけでなく、他者の立ち位置も同じように認められなければなりません。「コイツだけは許せん」とつい感じてしまう人との関係を保ったり、ぎくしゃくした人との関係を改善したりするために、今述べたような態度はおおいに役立つことうけあいです。物事の見方とその解釈は、往々にして人間関係の上に大きく影を落としますから。最悪なのは、認めるのは自分の立ち位置だけで、他者のものは認めないという態度です。これだと自分のことを否定されても文句が言えません。

大学に入って、これまでやってきた学校生活と「何か違う」と思いつつも、何がどう違うかわからずに、漠然と毎日をただよっている学生さんは意外と多いのではないでしょうか。「何か違う」の「何か」が少しでもはっきりすることで、意識が変わってくるかもしれません。この文章はそんな学生さんたちへのささやかなエールです。

世の中のあり方はこれまでと全く同じなのに突然新しい眺めが得られるということは、長い人生の中で大なり小なり誰しも経験することと思います。こうした経験自体やきっかけが大学生活の中で得られる保証はないですし、必要もありませんが、もし得られれば、高い学費のもとはとれたと考えてよいかもしれませんね。

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