文芸学部

演劇を通してキャラクターを考える

芸術学科教授 山下 純照

集団の出会った最初の一ヶ月で固定されてしまうと言われる「キャラ」の時代、若者たちにとって、何ヶ月、何年、何十年という時間をかけて様々な層が見えてくる「性格」の世界はなじみのないものかもしれません。しかし、人格の多重構造は、必ずしも病態ではなくて、むしろ人間社会のふつうの現象です。ただそれを短い間に把握するのは難しい。そこで、劇というものは、人間の変容するありさまを集約して見せる装置になっているのだと考えられます。


自他ともに正しいと思っていたヒーローが実は犯罪者だった(『オィディプス王』)とか、立派な人物のなかに自分でもコントロールできないほどのコンプレックスや歪みがあり、何かの機会に激発してしまう(『オセロー』)とか。しかも、これらの「性格」の様々な面は、たんに 個人に属しているだけでなく、背負っている文化や社会的関係からもくるもので、自由にはならないものです。ただ、世界が本来そのようなものだということを、みずから演じ出すことができる能力に、人間のわずかな自由があると思います。

現代の演劇は、「台詞中心主義の否定」という段階を経て、もう一段と成熟した「台詞劇」の時代に入っています。相手が言っていることは、本当は相手が思っていることや、意図していることではないのかもしれない。しかも話し手自身にも無意識のうちに。現代演劇の理論は、近代美学をベースに、精神分析、社会学、現象学、言語学などを駆使して、絶えず変貌する「リアル」なものに何とか追いついていこうとしているのです。

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