文芸学部

“unlearning”のすすめ

英文学科准教授 木下 誠

“unlearn”という英語の単語を知っていますか?「学ぶ」を意味する“learn”に、否定の“un”がついた動詞です。とするとそれは、学ばない、という意味?タイトルの「“unlearning”のすすめ」は、大学に入ったらもう学ぶのをやめよう、と呼びかけていることになる?

いいえ、「“unlearning”のすすめ」は、学びの否定ではありません。手元にある基本的な英英辞典で“unlearn”の意味を確認してみましょう。おおよそ次のように説明されているはずです——「すでに学んだこと、とくに悪いことなどを、あえて忘れる」。ここで重要なのは、“unlearn”の前に“learn”がなければならない、という点です。「すでに学んだこと」なしに、「あえて忘れる」などできませんから。つまり「“unlearning”のすすめ」には、大学入学までじっくりと学んできてください、という願いがまずは込められています。

ただし、今確認した辞書的定義だけですと、学んだことのある部分は「悪いこと」だから、大学ではそれを「あえて忘れる」べきだ、という理解で終わってしまうかもしれません。そこで、“unlearning”をたいへん興味深い意味の言葉として使っている例を示してみます。

インド出身でアメリカの大学で教えている、ガヤトリ・チャクラヴォルティ・スピヴァックという思想家がいます。彼女の著作はどれも難解なのですが、その中で“unlearning”は重要なキーワードとなっています。彼女の思想や活動を解説した『現代思想ガイドブック ガヤトリ・チャクラヴォルティ・スピヴァック』という本の翻訳者の本橋哲也は、「訳者あとがき」で、“unlearning”の意味を次のように記しています——「学ぶことによって自らの特権を解体し、他者に対する偏見を解きほぐす」。

少々おおげさに聞こえるかもしれませんが、通常「学ぶこと」は「特権」の獲得となりえます(それを期待してしまう?)。まじめに勉強して良い学校に入る、大きな会社に就職する、経済的に豊かになる、偉くなる、人の上に立つ、などなど。残念ながら、それは自分と異なる存在である「他者」の理解にはつながらないようです。むしろ「特権」は、「他者」の上に立つことを自己正当化するでしょう。

それに対してスピヴァックは、別の「学び」を、つまり自分の依って立つところを見つめ直して「他者」との共生を探るような「学び」を、“unlearning”として提唱しています。“unlearning”とは、「違い」を上下関係に置き換えてしまうことなく、「違い」とともに生きるための倫理です。そしてそれは、なぜ学び続けるのか、と私たちに問いかけてきます。

成城大学文芸学部では、さまざまな地域や時代の言葉・文学・文化・芸術などを学ぶことができます。まさに上で紹介した“unlearning”にふさわしい場と言えるでしょう。「違い」に関心を向け、そして自分を見つめ直す「学び」——そのような“unlearning”をみなさんと共有できる日を、楽しみにしています。

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