木村ゼミ

貧困と福祉の思想と歴史

 われわれは市場経済の社会の中で生きていますが、各人が本当に人間的に自立し自己決定できるためには、諸個人を支えるための社会保障を含むさまざまな公共サービスが不可欠です。これは、家族を基礎とした伝統的な相互扶助の制度(支え合い・分かち合いのシステム)が国民的規模にまで拡張され社会化されたものだといってよいでしょう。
 しかし、現在の日本では、仕事が不安定で低賃金、しかも社会保険の適用も十分でない「非正規」労働者が、若年層を中心に激増しており、雇用労働者のおよそ4割に達し、女性の場合には半数以上にまで拡大しています。一方、正社員は長時間のサービス残業を強いられ、「名ばかり正社員」も増えています。また、子育て支援や若年層の職業教育訓練も立ちおくれていますし、高齢者の年金・医療・介護をめぐる課題も山積しています。
 このような多様な生活困難現象は、経済的な困窮だけにとどまるものではなく、さまざまな形の「社会的排除」(家族・企業・組合・地域などの諸組織の成員であることで得られる有形無形の多様な便益から排除されること)という問題も生みだしています。それは、各人の自由と自立のための前提条件が欠けていることを意味します。現代の経済学は、一般に「自律的な個人」の「自由な選択」と「合意」を想定していますが、実際の各人の「生」は偶然性の支配から自由ではありません。「選択」の幅をひろげて「生き方の自由」を実質的・普遍的に実現するためには、何が必要なのでしょうか。社会保障を支える社会的連帯の「合意」は、どこに根拠を置き、どのような形態で可能になるのでしょうか。
 このゼミでは、こうした問題関心から、さまざまな「貧困」現象と、その克服のための制度・政策のあり方やそれらを支える思想の多様な展開を、歴史的・国際比較的な視野で研究します。現代日本の問題を、より深く冷静に理解するためには、歴史研究と外国研究が欠かせません。ゼミ3年間の進行は、ほぼつぎのようになるでしょう。
 2年次では、まず現代日本の「貧困」の現れ方を「労働」と「生活」の両面で探り、それらの現象の相互関係や歴史的背景に留意しながら、その原因と対策をめぐるさまざまな議論を展望します。3年次では、現代の「市場経済」社会を「互酬」や「再分配」の概念を用いて相対化し、現代社会における「相互性」や「正義」とは何かを問うことによって、社会科学的な思考力を深めたい。そして、このような思考訓練を通して具体的な思想史研究への関心を温め、外国研究にも視野をひろげて、「福祉国家」と呼ばれる雇用と社会保障のコラボ・システムを国際比較する地点にまで到達したい。4年次では、こうした積み重ねのもとで各自が自主的に研究テーマを設定し、卒業論文の作成に全力を注ぐことになります。
 社会問題や歴史に関心があり、積極的に討論で発言し(つまり「恥をかく」ことを恐れず)、ゼミ運営に共同で責任を負う意志堅固の学生諸君の参加を期待しています。

社会保障論・社会思想史ゼミ履修モデル
(木村ゼミ)

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